最後の6人ドリフ

ゴー・ウエスト/最後の6人ドリフ

http://www.youtube.com/watch?v=mvIXchVdB4U




ザ・ドリフターズ(The Drifters)は、特に昭和40年代から50年代中頃をピークにテレビ番組(TBS系の『8時だョ!全員集合』やフジテレビ系の『ドリフ大爆笑』など)で活躍し、一世を風靡したミュージシャン(後にコントグループ)である。略称「ドリフ」。

いかりや長介がリーダーに就任した当時はドリフ同様に「ナベプロ3大タレント」と呼ばれたザ・ピーナッツやハナ肇とクレージーキャッツらのいた渡辺プロダクションに所属、1979年より渡辺プロダクションより分社した「イザワオフィス」にいしだあゆみらとともに移籍。なお、先輩のクレージーキャッツと違ってリーダー死去後も解散はしていない。ただし、現在のところはドリフの正式な次期リーダーは決められていない。

過去に所属していたレコード会社は東芝EMIであった(現在のEMIミュージック・ジャパン。デビュー当初より在籍。ただし当時の社名は東芝音楽工業である。また、「ドリフの早口ことば」及びドリフメンバーが歌唱に参加していない『全員集合』使用曲である「「ヒゲ」のテーマ」「ドリフのわんダードッグ」は、渡辺プロの関連企業であったサウンズ・マーケッティング・システムから発売された)。

一般的には、いかりや長介が正式リーダーになった1964年のドリフ再結成以降(新生ドリフ)が知られているが、結成は1957年(1955年または1956年の異説あり)。

結成当初からいかりやがメンバー入りするまでは歴としたバンドとしての実績を持つ。楽曲主体による音楽ネタなどを得意としており、テレビや映画出演が多くなるにつれ、コミックソング、コントやギャグが主体となっていった。

いかりやが正式リーダーに就任した後も、1966年のビートルズ日本公演の前座を務めたほどにバンドとしての実績はあった。たった40秒の演奏時間ではあったが、前座用のステージが別に作られていたにもかかわらず、ドリフターズだけはビートルズと同じステージで演奏している。そういった意味でも、本来はミュージシャンではあったけれども、コメディアンとしての才能に優れたタレント集団、強いて言うなら「ミュージシャン」、かつ演技もできる「コントグループ」という位置付けが適切であろう。加藤茶の話では、ビートルズの前座はしたものの、警備が厳しくメンバーには会えなかったそうである。